写真家・岡原功祐さん、さらにノンフィクション作家へ
フジノと同世代でありながらすでに世界的に高い評価を受けている写真家・岡原功祐さん。
岡原さんとその写真については、これまでもこのブログでずっと紹介し続けてきました(こちらやこちらやこちらなどをご覧下さい)。
その岡原さんが自らの写真と共に執筆をしたノンフィクション作『Ibassyo 自傷~存在の証明~』が
なんと、第7回開高健ノンフィクション賞のベスト3に選ばれました!
最終選考の結果、受賞こそ逃したものの、これはすごい快挙です。
実は、彼の作品の原稿を読ませていただいたのですが、自傷行為についてのリアルな現実がそのまま描かれていました。
自傷が美化される訳でもなく、かといって否定されるのでもなく、ただ現実にその行為が存在している今の社会の姿。
読みながら、胸が苦しくなるような想いを感じつつも、僕は決して絶望を感じることはありませんでした。
現実から始まるしかない。
それが『僕たちの世代』なのです。
どんな現実であろうと、そこからしか前に進むことはできないのです。
そうした想いが岡原さんの文章の底にも流れている気がして、とても深く共感しながら読み進めました。
審査委員の1人である佐野眞一さんは、岡原さんの作品をこのように評していました。
佐野眞一さんによる講評
リストカットがやめられない女性たちの日常を、これほど丹念に取材した作品は例がない。
現代日本の根に潜む精神最深部の病にメスを入れたという意味で、このアクチュアリティーは、他の作品を圧倒している。
ここに定着されているのは、これまで誰もが聞こえないふりをしてきた魂の奥底から絞り出した痛切な叫びである。
それをあぶり出した勇気だけでも、受賞に値する。
だが、インターネットのmixiを取材の入口にするなど、筆者は“安全地帯”にいるのではないか、との批判があり、受賞には至らなかった。
ただし、本にする価値は十分あるので、読者には受賞作同様、応援をいただきたい。
「リストカットがやめられない女性たちの日常をこれほど丹念に取材した作品は例がない」
という佐野さんの講評に同感です。
『mixiを取材の入り口に』していること=『安全地帯にいるのではないか』という指摘は、たぶん世代間の『差』なんだろうなあと感じます。
インターネットを入り口にしていることは、現代の若者の日常的なツールを使っている訳で、むしろ僕たちの世代にはリアルな入口だと逆に感じています。
「本にする価値は十分あるので、読者には受賞作同様、応援をいただきたい」
というコメントには強く同感します。
そこでフジノは
「集英社さん、ぜひ出版をして下さい!」
というメールをさっそく送りました。
この作品は、自殺予防対策の観点からも、世間に対してきちんと本として送り出してほしいと願っています。
市民のみなさま、実はこのノンフィクションにはフジノも1ページほどささやかに登場しています。
どんな風に登場しているのかを読んでみたいなあという方もぜひ集英社さんに「出版してください!」メールを送って下さいな。