臨時議会が開かれて「議会人事」が決まりました
今日は『臨時議会』が開かれました。
かねてからお伝えしてきた通りで、この臨時議会では『議会の人事』が決められるのみ。
市長からの議案の提出も無く、本会議・委員会での審議もありません。
- 議長
- 副議長
- 議会運営委員会
- 4つの常任委員会
2013年度の1年間(2013年6月〜2014年5月)は、新しいメンバーによる委員会構成で議会は進んでいきます。
板橋議員が議長、矢島議員が副議長に選ばれました
フジノにとって、『臨時議会』ではうれしいことが2つありました。
まず第1に、選挙の結果、新しい正副議長が選ばれました。
- 議長:板橋衛さん
- 副議長:矢島真知子さん(横須賀市議会史上初の女性副議長)
このお2人が選ばれたことは、フジノにとって「『新しい横須賀市議会』がスタートする」というワクワク感を抱かずにはいられません。
フジノが初当選した11年前は、ものすごく年齢の離れた先輩議員がたくさんいて、正直なところあまり口も聞いてもらえませんでした。
当時のフジノはいつもトゲトゲしていましたし、他の議員の方々と交わることを避けていたのも事実です。
そんな中でも、板橋さん・矢島さんのお2人の先輩は、会派を超えて、無所属のフジノにもあらゆる機会にたくさんのアドバイスをして下さいました。
板橋さん・矢島さんは『政策通』としてよく知られています。
例えば、議案への賛否などで立場が違っても板橋議員は、本会議や委員会でのフジノの質疑の後に声をかけて下さいました。
「フジノくん、あの質問は良かったよ。よく調べてきたね」
「フジノくんは知らないかもしれないけれど、あの問題には実はこういう背景があるんだよ」
といったふうに。
また、時には委員会などで、手加減なしの厳しい批判を頂くこともありました。
けれどもそうした批判も全て『政策的な判断』からの批判だとフジノも納得できることばかりでしたし、議会が終わればノーサイドで接して下さいました。
『政策』こそが政治家の全てと信じているフジノにとって、『政策通』の板橋さんに折にふれてアドバイスを頂くことができたのは、とてもありがたかったです。
そして、矢島さんにも特別な想いがあります。
2003年、フジノが美術館建設反対運動をスタートさせるにあたって、はじめに相談したのは矢島さんです。
雄人でも木村さんでもありません。
(美術館建設反対運動に雄人を誘ったのは僕です。雄人は後から加わりました)
だから、フジノは「矢島さんと2人で始めた美術館建設反対だった」と今でも受け止めています。
そんなこともあって、こんな風に述べていたこともあります。
「フジノにとって『政治家としての父』は木村正孝さんで、『政治家としての母』は矢島真知子さんだ」
美術館問題、男女共同参画問題、マニフェスト選挙の実現、議会改革など、矢島さんと一緒に取り組ませて頂いたテーマはいくつもあります。
このお2人が名実ともに横須賀市議会のリーダーに就任されたのです。
日本の地方自治体は二元代表制という形をとっており、市長と市議会の2つともがそのまちのリーダーです。
その市議会の全ての議員の代表が『議長』『副議長』です。つまり、市長と同じ意味合いを持つ、まちのリーダーなのです。
横須賀市議会は今どんどん良い方向へと向かっていますが、さらに今年はもっともっと前へと歩みを進めていかれると思います。
何よりもフジノ自身が楽しみにしています!
正式に「教育福祉常任委員会」に就任しました!
そして、第2にうれしかったこと。
フジノの「教育福祉常任委員会」への就任が本会議で正式に決定しました。
すでに『内々定』という形で決まっていたことではありますが、議会での正式な承認が無ければなりません。ホッとしました。
昨日もおとといもたくさんの市民の方々から
「フジノさんがまた教育福祉常任委員会になってくれて良かった」
という期待の声を頂きました。
本当にうれしかったです。
ここしばらく『政策』とは無関係のトラブルに巻き込まれていて、無為に時間を浪費せねばならなくて意気消沈することもありました。
けれども、福祉の現場ではたくさんの人々がフジノのことを待っていてくれるのを感じました。
その期待の声にしっかりと応えて『政策』を実現していく為に、フジノは教育福祉常任委員会メンバーとして全身全霊をかけて働いていきます。
教育、いじめ、不登校、自殺対策、精神保健福祉、障がい福祉、こども家庭福祉、高齢者福祉、保健・医療・福祉など、課題は山積みです。
これまで以上に専門性を発揮してがんばります!