半年ぶりに祖父に会うことができました
今年3月に祖母の三十三回忌を終えた後、フジノは祖父になかなか会えずにいました。
祖父に会いたくて電車には乗るものの、JR線がとてもニガテな僕は、パニック発作が出ては途中であきらめてUターンして帰る、というパターンを毎月繰り返していました。
そんな時、先日祖父に会いに行った甥っ子が、それまでの元気な様子からかなり変わってしまった祖父の姿を見て「ショックだった」と話してくれました。
甥っ子のその言葉が背中を押してくれました。
今日も途中でパニック発作が出たのですが諦めずに、1時間ほど休憩をして発作が治まったところで再び祖父宅を目指して電車に乗りました。
こうして会うことができた祖父は、3月に会えた時とは違って、確かに立ち上がることがほとんど無くなりました。
「1日の大半は眠っていて、目覚めている時間は数時間ほど」
とのことでした。
ラッキーだったのですが、たまたま僕が訪れた時間帯に祖父はずっと起きていてくれました。
祖父はいつもながらとても頭はハッキリしていて、いろいろなことを話してくれました。
祖父の生きざまは、本当に素晴らしいものだとつくづく思います。
僕にとって祖父は、幼い頃からずっと『精神的な支え』でした。
穏やかで、物知りで、草木を愛していて、そして質素な生活を大切にしている。いつも悩んでばかりいた中学時代の僕の言葉にもじっくりと耳を傾けてくれた。大正生まれで激動の昭和を生き抜いてきた祖父。関東大震災もさきの戦争も、僕が幼い頃からたくさんの話を聴かせてくれました。
とても高齢ですから、いつ亡くなるということがあっても大きなショックを何とか乗り越えることができるように、ここ数年間はいつもこころの準備をしてきました。
けれども、まだまだおじいちゃんはずっと元気でいてくれるのではないかと、僕は期待してしまいます。
政治家として『看取り』について取り組んできて、僕は可能な限り自分自身をリアリストであるように努めてきました。
ただ、職業人としての理想と、個人のこころの動きはいつも1つという訳にはいかないものです。
これからもなるべく1日でも多く祖父に会いに来たい、もっともっと一緒に過ごしたいと感じました。