合否の通知をそわそわ待っていた20日間
「学び直したいことがあるので大学受験をします」
定員に満たなかった場合の追加募集である第3次募集の、それも締め切り前日(消印有効)に、ギリギリで願書を提出しました。
合格か不合格かの判定結果は、4月19日に名古屋から郵送されるとのこと。
そんな訳で、おとといから合否の結果が届くのをそわそわ待っていました。
合格しました!
今日、合格通知が届きました!
率直に嬉しいです。
フジノは学ぶことが嫌いではないので、市議としても膨大な資料を読み解くのも苦では無い方です。
けれども、40代に入ってからぐっと物覚えが悪くなり、言いたい単語が口からすぐには出てこなくなりました。もはや10代〜30代の知力体力の充実ぶりはゆるやかな下降線に入っているのを実感しています。
そんな訳で、全力こそ尽くしたものの「合格の可能性は50%だな」と覚悟をしていました。
それが無事に合格できたので、とても嬉しかったです。
社会福祉士の国家試験を受験する為の「資格」を得る為の学びです
合格したのは
です。
すでに大学院で『福祉政策』を学んでいたフジノが(でも中退です)、何故わざわざ『学部』に入り直すのかというと
『社会福祉士』の国家試験を受ける為の、『受験資格』を得る為
です。
『国家試験』を受けるには、まず『受験資格』が必要です。
その為に、約2年間の勉強(座学・実習)が必要です。
無事に卒業できたら、そこで初めて「国家試験を受けて良い」という『受験資格』がもらえます。
さらに国家試験を受けて合格できて登録をしたら、そこで初めて『社会福祉士』を名乗ることができます。
最短で2年間、今のフジノの体力や知力だと3〜4年間かかるかもしれません。
フジノは横須賀市の福祉行政に関わる職員は全員が「社会福祉士」を取るべきだと考えてきました
フジノは2006年に『精神保健福祉士』の国家資格を取得しました。今から12年前、2004年に日本社会事業大学に入学して学び『受験資格』を得ました。
今から12年前の日本全体の精神保健福祉の質は決して高くはありませんでした(率直に言って、あまりにも低かったのを改善したくてフジノは政治家に転職をしました)。
そこでフジノは、横須賀市にまだ『福祉職採用』が導入されていなかったので、当時の保健所で精神保健福祉相談にかかわる職員のみなさまに
「専門性を持っている証にぜひ精神保健福祉士を受験してほしい」
と提案しました。
保健所の当時の精神保健班のみなさまに受験していただく為にも、
「まずは提案者であるフジノ自らが『国家試験』を受験して合格する姿を見せねばならない」
と考えました。
そして2004年に日本社会事業大学に入学して学び受験資格を得て、2006年にフジノは約束通り合格しました。
同じように受験して下さった職員の方もいらしたようでした。
(後日フジノが提案を受けて横須賀市は『福祉職採用』を導入しました)。
●
残念ながら日本では、実力がある素晴らしい人であっても『資格』を持っていないと信頼してもらえないことが多いです。
それは福祉の世界でもより強くその傾向があります。
そんなこともあって、ずっとフジノは、
と、ずっと前から願い続けてきました。
もちろん、今では『福祉職採用』といって、はじめから社会福祉士資格を持っている人を対象にした受験が横須賀市にはあります。
けれども、福祉職採用された職員はまだわずかです。
ほとんどの場合は社会福祉士では無い、今まで事務職を担当してきた方々が人事異動である日突然に福祉部局へ異動させられます。
そして、生活福祉課、障害福祉課、高齢福祉課、介護保険課、こども青少年支援課、保健所健康づくり課、児童相談所などの福祉のすさまじい現場へと飛び込んでいくのです。
日本の福祉行政のこのシステムはおかしい、間違っている、とフジノは思います。
社会福祉の専門的な教育を受けた人間が社会福祉に携わるべきだというのがフジノの変わらない考えです。
●
けれども、そんなことを主張しているフジノ自身は『社会福祉士資格』を持っていません。ずっと気にしていました。
精神保健福祉士を自ら率先して取得した当時のように、社会福祉士の国家資格をフジノが持たなければ説得力が無いのではないか、と。
●
ただ、2007年に『社会福祉士及び介護福祉士法』が大きく改正されて、2009年からカリキュラムが完全に新しくなりました。
新しい制度が落ち着くまでは5年くらい待つべきだと考えて、すぐには受験しませんでした。
こうして5年が経った2014年頃から、フジノは「いつ受験しようか」とずっと迷い続けていました。
昨年(2015年)に父が亡くなったのですが、医療費が毎月とても高くて、学費の資金の目処は全くたちませんでした。
仕事もとにかく忙しく、新人議員だった2004年とは毎日の仕事の量もケタ違いに増えていました。
受験の決意の背中を押してくれたのはカフェトークの参加者のみなさまでした!
2年間、ずっと悩んでいました。
そんなフジノの背中を押してくれたのは、カフェトーク参加者のみなさまでした。
まず、埼玉県のNさん。
出版社で働くAさんは、カフェトークでたくさんの意見交換をしているうちに、なんと2015年4月に大学院(社会福祉)に入学しました。
Aさんのテーマは自殺対策やアルコール依存症などの研究です。
フジノのメインの政策ととてもクロスしていることもあって、すごくうらやましく感じました。
最近では5月21日に開催された『日本自殺予防学会』で発表を行なうなど、素晴らしい活躍をなさっています。
次に、横須賀のBさん。
いろいろな事情があって非正規の社員として働いていたBさんのことを学生時代から知っていたフジノは、「もったいないよ、Bさんは絶対に対人援助職に就いた方がいいのに」と言い続けていました。
そうしたら2015年4月、精神保健福祉士の国家試験受験資格を得る為に通信教育での養成過程に入学したのです!
フジノはこの2人のチャレンジをみて、胸がドキドキしました。
そして極めつけは、横須賀のCさんでした。
本当に優しくて素晴らしい人格の持ち主であるCさんは、ある非正規の仕事に就いていました。このままではその会社に使い捨てにされてしまう気がして悔しくてなりませんでした。
ずっと傾聴のボランティアを続けてきたCさん。
フジノにとってはこんなにもったいない人材が、事務仕事ですり減っていくのを見るのはつらかったです。
それがなんと!
昨年暮れに精神保健福祉の福祉サービス事業所に転職をし、そして同時に精神保健福祉士の国家試験受験資格を取る為に入学を果たしたのです。
この3人の姿は、フジノをとても勇気づけてくれました。
さらに、昨年6月に父が亡くなり、借金は今も200万円ほど残ってはいるものの、これ以上増える見込みはとりあえず無くなりました。
こうして、カフェトーク参加者のみなさまを煽ってきた側のフジノが、実は彼ら彼女らのチャレンジを目の当たりにして、一番ドキドキしていました。
もう、受けよう。
学ぼう。
実習に行こう。
国家試験を受けよう。
資格を取った上で、改めて横須賀市の福祉行政に携わる全ての職員のみなさんには『社会福祉士』を取ってほしい、と提案しよう。
そう決意しました。
これから必死に勉強します
全てはこのまちの社会福祉をより良いものに変えていく為の想いからスタートした行動ですが、何よりもまずフジノは市議会議員です。
いつもどおり今までどおり全力でまず仕事に向き合います。市民相談も今までどおり。
その上で、社会福祉士国家試験の受験資格を得る為の勉強も全力を尽くします。
率直なところ、自信は全くありません。
2004〜2006年の日本社会事業大学での学びの頃よりも、今の方が多くの抗精神病薬をのみつづけています。加齢とともに体が疲れやすくなっただけでなく、記憶力などの学習能力はかなり落ちています。
でも、何年かかっても最後までやり遂げたいと思います。
全てはこのまちの社会福祉をより良いものに変えていく為なのだから。
●
でも、まずは学費を工面しなければ・・・。また借金が増えてしまう(涙)