世代が変わっていくこと
4年前、初めて先輩議員の方々が引退されることに恐怖感を抱きました。
これまで議論の調整役として支えて下さった先輩方、議会改革を推進して下さった先輩方、政策立案に悩んだ時に相談できる先輩方がいなくなる。
そしてもはや自分自身が若手ではなくなったと、先輩方が担って下さっていた役割を自分たちの世代が引き受けねばならないことが力不足で怖かったのです。
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今回さらに5名の先輩方が選挙に出馬なさらず勇退されました。
けれどもフジノはもう恐怖感を抱きません。
この4年間で自覚ができました。
「もはや自分はベテラン議員であって、自分が『先輩議員』としての役割を果たして、次の世代に伝統ある横須賀市議会を引き継がねばならないのだ」
と。
横須賀市議会は、全国的にも先進的な改革を歴代の先輩方が進めてきて下さいました。
4期目はフジノ自身、横須賀市議会の政策立案のエンジン役『政策検討会議』のメンバーとして全力でがんばりました。
黒衣に徹して調整役を務めるように努力してきました。
5期目はさらに努力して、歴史と伝統ある横須賀市議会をさらに改革を進めていきたい、そして次の世代に引き継ぎたいと願っています。
「政治家フジノの母」とお別れしました
1期目からフジノをご存知の方は、フジノがこのように話すのを何度も聴いたことがあると思います。
1期目、無会派(一人会派)の控室でフジノがお2人ともに過ごすことができたのは本当に貴重な日々でした。
お2人から学んだことはあまりにも多く、今も強く影響を受けています。
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特に、美術館建設反対を掲げて当選をしたフジノに誰よりも最初に
「フジノくん、一緒にやろう!」
と声をかけて下さったのが、矢島真知子議員でした。
理想論だけで走り始めたフジノに、市民運動の経験をもつ矢島真知子議員が助け舟を出して下さったのです。
世間では、美術館建設反対はフジノと吉田の2人で始めたと誤解している人がいます。違います。
張本人であるフジノがはっきりと断言します。
矢島真知子議員がいらっしゃらなければ、7万5000人もの建設反対署名を集めて横須賀市民全体を巻き込んだあの運動をフジノはスタートできませんでした。
政治家フジノにとって、矢島真知子議員は特別な存在でした。
議会改革の理想を高く掲げる矢島議員にフジノは共鳴し、現在に至っています。
フジノのツイッターアカウントをご存知でしょうか。
@ycc_hf です。
矢島真知子議員がかつて一人会派として名乗っておられたのは『横須賀市民連合(Y.C.C.)』です。
そうです、矢島真知子議員のかつての一人会派名をフジノは受け継いだのです(無許可です、ごめんなさい)。
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そんな『政治家フジノの母』と今日、市議会で最後のお別れをしました。
もちろんこれからも大所高所からたくさんのアドバイスをいただくつもりです。
でも、今はひとまずお別れです。
矢島真知子議員、これまで長い間ご指導いただきまして本当にありがとうございました!
先輩方に恥ずかしくないように、必ず横須賀市議会を前に進めていきます。