まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2007年2月22日(木)のフジノ
● 畏怖

 今、夜中の2時半だ(正確にはもう23日)。
 あと数時間で、予算議会スタートだ。

 毎回、命がけで議案と向き合っているけれど、
 特に来年度予算案のチェックはさらに命を削って仕事をしている。

 このすさまじいプレッシャーは、
 政治家じゃない人には絶対に理解できない。

 自分たちの一存で、42万人の暮らしが決まってしまう。
 なんて恐ろしい権力だ。

 だから、畏怖の念から、僕は自分の命を削って働く。


 闘う。


 また連日のように徹夜をしている。
 ほとんど寝ていない。

 特に今年の2月はいつもと違って
 臨時議会(住民投票議会)があったから
 体を酷使しすぎて、気が抜けたら倒れてしまいそうだ。

 でも、気が抜ける日なんて来ない。
 政治家である、ということは、
 そういうことなのだから。

 こういう重みを知らずに、
 バカな政治家ばかりがマスコミで報道されて、うんざりだ。


 この仕事の重圧と神聖さは、まさに畏怖の念を抱くに値する。
 厳しくつらい仕事だ。



 今回の予算案は、とても問題が大きい。
 絶対に許せない福祉の切捨てもある。

 これをくつがえす為なら、
 予算議会が終わった後に、過労死してもいい。

 この命をかけて闘う。



2007年2月21日(水)のフジノ
● 予算説明会がひらかれました

 今日は、『来年度予算案の説明会』がひらかれました。
 本会議場で、10時から11時40分まで。

 これは毎年おこなわれていることなのですが、
 市長・副市長2人・企画調整部長のそれぞれが30分間ずつ
 いくつかのことを説明していきます。

 今年の場合は
 以下の3つについてです。

 (1)新世紀ビジョンと来年度予算案の内示

 (2)来年度予算案の概要

 (3)実施計画の概要と、集中改革プランの進捗状況

 この説明会が行なわれると
 毎年、思うことが2つあります。

 1つ目は、

 「ついに予算議会が始まる。全身全霊をかけて勝負だ!」

 です。気合いが入ります。

 すでにある程度の資料は配られてはいるものの
 さらに本格的な予算議会のスタートの気持ちが高まっていきます。

 2つ目は、この説明会(実際には、ただひたすら資料の音読)について

 「これをやる必要ってあるか?いや、無い。もう廃止すべきだ」

 と、毎年思うのです。
 たぶん、市長たちも同じように思っているはず。

 何故、このセレモニーをやめることができないのだろうか。

 これに加えて、予算議会では
 全ての委員会で毎回1時間にわたる説明(資料の音読)を
 部長が延々と行なう、というセレモニーもあります。

 他都市の議員仲間と話した時に、
 「かなり前に(こういう説明は)廃止した」と言われました。
 横須賀市議会の廃止すべきセレモニーだと改めて思いました。

 説明という名の音読作業と
 ただそれを聞くだけのことに時間を費やすのではなく、

 本当に意味のある議論(質疑応答・提案・意見のぶつけあい)にこそ
 大切な時間をつかいたいです。




2007年2月18日(日)のフジノ
● 100周年を祝うより、もっと『やるべき』ことがある

 夕方18時から19時半まで
 Yデッキで怒りの街頭演説を行ないました。

 怒りの原因は、このひとことに尽きます。

 100周年を祝うより、もっと『やるべき』ことがある

 今夜のフジノの演説のテーマです。

 これは同時に、まもなく始まる予算議会での
 フジノの最大のテーマでもあります。

 お祭りムードに水をさしますか?

 市職員さんたちが休日を潰してまで
 一生懸命イベントを手伝ってるのに
 失礼でしょうか?

 フジノはそうは思いません。

 実際、1時間半の演説のあいだ
 Yデッキに集っていた
 多くの市民の方々から

 「そうだ!」

 「まちがってないぞ!」

 と励ましの声が飛びました。

 政治と行政がやるべきことは、
 もっと暮らしを守る・命を守る大切なことのはずです。

 かつて『開国祭』というお祭りイベントを
 横須賀市がおこなった時にもフジノは反対しつづけました。

 その時よりも財政状況がひどい、横須賀。

 今、本当にやるべきことは何か。
 このまちはどうあるべきなのか。

 フジノの信じる政策と、蒲谷市長の政策。
 予算議会では徹底的に政策をぶつけあいたいと思います。


● 携帯メアド、公開なんて当たり前

 杉村タイゾー議員が携帯メアドを公開することにした、
 ということがインターネット上で記事になっていた。

 でも、そんなの政治家フジノは
 4年前からずうっとやっているから。

 フジノだけじゃない。『まともな政治家』のほとんどは
 24時間いつでも意見を受け取れるように
 ケータイの番号もメルアドも公開している。

 今さらニュースにするような
 ことなんかじゃない。

 政治家が国民の声を聴くなんて当たり前のことを
 今さら大々的に報道するマスコミの姿勢もどうなのかと思う。

 >杉村太蔵議員が24時間受付可能な携帯メアドを公開
 >「フリーター・ニートの代表」として知られる
 >自民党衆議院議員の杉村太蔵氏(27)が、
 >国民からの意見や感想を募るべく、
 >24時間受付可能なドコモの携帯メールアドレスを公開した..........
 > ≪続きを読む≫
 >[アメーバニュース]


 やれやれ。




2007年2月16日(木)のフジノ
● 来年度予算案を読み込んでの感想

 今日は、まもなく始まる予算議会に向けて配られた
 資料を徹底的に読み込んで過ごしました。

 『平成19年度予算の概要』
 『集中改革プラン』など資料を読み込んだ上で、
 各部局にヒアリングをしました。

 しかし、今回の予算案はすごい。

 自分がもしも市長だったら
 この予算案に対して、80点くらいはつけるかもしれない。

 目新しい施策がある訳ではないし、
 華やかで目立つ何かがある訳ではありません。

 しかし、今回の予算案はすごい。

 数字の羅列をひたすら読んでいるだけなので
 フジノが感じた印象を市民のみなさんに
 分かりやすく説明するのはなかなか難しいものがあります。

 けれども、蒲谷市長の『決意』
 初めて強く感じた予算案です。

 あえてキャッチフレーズをつけるなら、
 下の2つです。

 (1)脱『沢田前市長』路線の予算案

 (2)『選択』と『集中』を激しく徹底した予算案

 フジノはかなりの確信を持っているのですが
 もしかしたら、将来になって

 「横須賀市は平成19年度から変わってしまった」

 と言われるようになると思います。

 これは、良い意味でも悪い意味でも、です。
 両方の意味で言われるようになるはずです。


● 初めて自分のことを『抵抗勢力』と感じた

 すさまじくひどい横須賀市の財政状況の中で
 作られた予算案なので
 その中身は
 ものすごく厳しくタイトです。

 いろいろな事業がカットされています。

 その『いろいろなカット』の内容には
 『蒲谷カラー』が強く出ています。

 上のキャッチフレーズに書いたとおりで、
 まず第1に、沢田市長時代につくられた横須賀市役所の
 『良いもの』も『悪いもの』も共にカットされています。

 脱『沢田』の姿勢が強い予算案です。

 沢田・前市長のことを徹底的に批判してきたフジノですが
 沢田・前市長時代の全てが悪かった訳では決してありません。

 美術館やハコモノに走ってしまった後年の沢田市政は
 明らかにまちがっていましたけれども、
 それ以前には
 いくつも良いこともしていました。

 今回の予算案では、そういったあらゆるものが
 排除されている(あえてこういう表現を使います)のです。

 かつて沢田・前市長のもとで副市長だった
 蒲谷・現市長はついに『後継者路線』を捨てた、と感じます。

 大きな意味で

 「今年を境に横須賀市役所が変わってしまう」

 そんなカットが多い、とフジノは感じています。

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 第2に、徹底した『選択』と『集中』がなされています。

 蒲谷市長が選択した重点分野には
 徹底的に予算づけが集中してなされています。

 しかし、その選択から漏れたもの、
 つまり、蒲谷市長の関心が無かった分野は
 バッサリと切り捨てられています。

 選択と集中は、とても大切なことです。

 けれども、今回の予算案は
 福祉的な観点からいくと
 「やりすぎだ」「ひどすぎる」と感じる削減がたくさんあります。

 まもなく始まる予算議会では
 福祉の激しい切り捨てに対してフジノは
 『新しい福祉の在り方』について蒲谷市長と議論したいです。

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 いずれにしても、(1)(2)の2つとも
 もともとはフジノが訴えてきたことでもあります。

 沢田・前市長時代の、
 実力を超えて背伸びした感じの
 身の丈を超えたような横須賀市政はまちがっていると主張してきました。

 他都市からどれだけ注目されたりお手本にされようが
 このまちに暮らしている市民の方々が
 暮らしている喜びや幸せを感じられなければ
 何の意味も無い、と強く批判してきました。

 今回の予算案は、この主張に沿っているものです。

 また、全てに総花的に予算をつけることは
 明らかに間違っていると訴えてきました。

 したがって、何千もある市の仕事から
 本当に必要なものを選び、重点的に予算づけをしていくという
 蒲谷市長の取った方法そのものは
 全く正しいと感じています。

 けれども、何かが違う...。

 福祉の切り捨てが多いとか
 そういう単純なことではないのです。

 うまく表現できない以上は、
 駄々をこねていると批判されてもしかたがないことなのですが

 「本当に横須賀市政はこの方向で良いのだろうか」

 という不安が、政治家フジノの中に
 とても強く今たちこめています。

 何だか初めて自分自身のことを
 『抵抗勢力』のように感じました。

 蒲谷市長のとった『方針』そのものは正しい。
 けれども、その『中身』に対しては「何かが違う」と感じる。

 どれだけ抵抗勢力と批判されようとも
 守るべきものを守らなければいけない。

 1度失われてしまったものは
 決して戻ることが無い。

 だから、おかしな話だけれども
 沢田前市長の時代につくられた横須賀市の良いところは
 宿敵フジノが守らなければ永久に失われてしまうことになる。

 このイヤな感覚は
 一体、何なんだろう。

 何かがまちがっている。
 何かが失われようとしている。

 けれども、まだうまく言葉に落とし込めない。

 予算議会までにはこの『激しい違和感』を
 言葉にしなければ、闘うことができない。

 徹夜してでも必死に来年度予算案を読み込んで
 徹底的にヒアリングを重ねて、
 この『違和感』を『言葉』にしなければ!



2007年2月15日(水)のフジノ
● バレンタインデーが無くても愛を伝えられる生き方を貫く

 昨日は『バレンタインデー』でしたね。

 たまたま電車で移動することが昨日は多くて
 学生たちの会話がほとんどチョコに関することばかりで
 とても微笑ましかったです。

 「おれ、まだ1個もチョコもらってねえ」
 「バレンタインなんか無ければいいのによ〜!」

 かわいらしいですね(笑)。

 フジノは、『暦』に応じた『イベント』があることは
 『先人の知恵』であって「とてもOKなことだ」と考えています。

 だから、昨日は、たくさんの人々が恋ごころを伝えたり
 気持ちが通じあったり、あるいは恋が破れてしまったり、とか
 いろいろなことがあったんだろうなあ、
 いや、いろいろなことがあってほしい/あるべきだ、
 みたいに思っています。

 こういう機会(バレンタインデー)をしっかりつかって
 好きな人・大切な人に想いを伝えることって
 とても素晴らしいと思うから。

 でも、僕自身について言うと
 もうバレンタインデーは永遠に卒業です。

 人生はいつ終わるか分からない。

 だから、大切な人にはしっかりとあなたが大切だといつも伝える。
 愛している人には一瞬の迷いもなくあなたを愛していると伝える。

 いつ終わるかも知れないこの人生だから
 躊躇していたら大切なことを永遠に失ってしまうかもしれない。

 だから、僕はもう分かっている感情には
 恥ずかしがったり迷ったりなんかしない。

 だから、僕はたった年1回しかないイベントには
 もう頼ったりしない人生に切り替わったのです。

 大切なものは大切だと言う。
 守りたいものは命をかけて守る。

 照れる必要もなく、迷う必要もなく。

 たった1度きりの人生だから、
 逃げることもなく、まっすぐに真正面から突き進むだけ。

 ●

 と言いつつも、義理チョコくれた方々、ありがとね。
 気持ちは返せないけれど、お返しは必ず渡します(笑)。


● 大切な人を自殺によって失った方々=遺族の会をつくりたいです

 今夜もおとといに続いて
 『1人自殺予防キャンペーン』をYデッキで行ないました。

 前回と同じくテーマは

 『自殺によって大切な人を失った遺族の会をつくりましょう』

 です。

 4年前からこのまちで『遺族のわかちあいの集い』をつくろうと
 精神保健福祉の仲間の方々とお話してきました。

 けれども、政治家としての活動やら
 いろいろな忙しさにかまけてしまって実現できませんでした。

 もちろん、市議会の中で遺族ケアの重要性は
 くりかえしくりかえし訴えてきましたが
 遺族会は『行政』がつくるものではない、というのが
 フジノの結論です。

 政治家としてこの4年間で
 公約して遣り残したことがあるとすれば、
 何よりも『遺族会』『遺族のわかちあいの場』をつくることです。

 予算議会が目の前に迫っているとはいえ、
 任期の限りは、全力でやるべきことをやりつづけるのです。

 そこで、街頭演説やチラシをつうじて

 「一緒に、遺族のわかちあいの場をつくっていきましょう」

 と、うったえています。

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 今夜は18時から19時半まで
 わずか1時間半のあいだに、
 なんと3人もの遺族の方々が話しかけてくれました。

 一緒に遺族会をつくるかどうかは別として
 勇気をふりしぼって話しかけてくれたことには
 本当に敬意を感じます。

 大切な方を自殺によって失なった方々は
 この国では不当な扱いを受けています。

 だから、誰にも話せないままでいる、という方々が
 ものすごく多いのです。

 そんな状況の中、フジノの演説を聴いて
 「話しかけてみよう」と勇気をもって語りかけて下さったことに
 本当にこころから感謝しています。

 僕は、絶対に実現する。

 イメージとしては、毎月1回くらい、日曜日の午後、
 総合福祉会館の畳のある和室で
 お茶でものみながらゆったりと過ごしながら
 失なってしまった大切な方の
 楽しい思い出や
 いろいろな想いを
 自由にお話できる場にしたいです。

 何故、病気で亡くなったら
 亡くなった方のことを家族や親族みんなで楽しく語り合えるのに、
 自殺で亡くなってしまったら語り合うことさえ許されないんだ、この国は。

 おかしいよ。

 そんなまちがった現状を
 僕は僕なりのやり方で絶対に変える。

 だから、ご遺族のみなさま、どうか力を貸して下さい。

 一緒に、遺族会というか、わかちあいの場を立ち上げていく為に
 少しだけ時間と力を貸して下さい。

 よろしくお願いします。


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