まちの政治家は、こんなことしてます |
2009年5月24日(日)のフジノ | ||
● こどもたちと共に民主主義を語りあう/マニフェスト配布@追浜駅前 今日はお昼から、 追浜駅前にてマニフェスト配りを行ないました。 雄人(吉田雄人議員)の盟友として わざわざ茨城県から応援に駆けつけてくれたのは いがらし立青さん(つくば市議会議員)です。 今日は雨がすごかったのですが 熱気で雨も吹き飛ばしてくれそうでした。 今日は、4人のこどもたちがやってきて マニフェストを読んで いろいろな意見を出してくれました。 とても熱心なこどもたちで、フジノはうれしかったです。 自分の幼い頃を思い出してみると 小学校2年生くらいの頃には、 社会のいろいろな問題に対して父とよく話していたものです。 小学生にも、直感的に社会のおかしな問題は ハッキリと分かっているものなのです。 有権者だけを相手にしてきた『古い政治家』たちは この国に、民主主義の種をまいてきませんでした。 ただそこに暮らしているだけの『住民』ではなく、 自分の暮らすまちをより良いまちにしていく『市民』として育てていく そういうことを『シティズンシップ』と呼びますが 今まではこの観点が全く欠け落ちていました。 でも、フジノたちは違います。
彼ら/彼女らをはじめとする、 こどもたちの世代、さらにお孫さんたちの世代を見通して 未来のこのまちを守る為に 政治家は存在しているのですから 小学生にも理解できるように 政策を説明できない政治家なんて、ダメだと断言します。 また、彼ら/彼女らの声に しっかりと耳を傾けられない政治家は必要ないと断言します。 10代には選挙権が無いからこそ、 政治家がすすんで10代とコミュニケーションをとっていかなければ 彼ら/彼女らのリアルな想いが政治に反映されません。 僕たちはこの現状を 打ち砕いていきます! -------------------------------------------------- 2日続けての、 フジノの生まれ故郷・追浜でのマニフェスト配布でした。 大好きな大切なまちを守る為に これからも『古い政治』『しがらみだらけの政治』と 徹底的に闘い続けるのだと、フジノは改めて決意しました。 |
2009年5月23日(土)のフジノ | ||||
● 希望ある暮らしを取り戻す為に/マニフェスト配布@追浜駅前 今日は夕方から、 追浜駅前にてマニフェスト配りを行ないました。 人生で初めてマニフェスト配りに挑戦した女性2名をはじめ、 市民ボランティアのみなさんと共に 雄人(吉田雄人議員)の盟友である 作山友祐さん(神奈川県議会議員・民主党)と 菅原直敏さん(神奈川県議会議員・民主党)のお2人も 援軍として、横須賀に駆けつけてくれました。 党派を超えた30代の政治家の方々が 雄人の想いに共鳴して、全国から続々と横須賀入りしています。 頼もしい限りです。
雄人が市民の方々と意見交換をしたり 市民の方々のお話をうかがっているあいだ フジノが替わりにマイクを握りました。 今日は、フジノの生まれ故郷である追浜のみなさまに 『希望』について徹底的に語りました。 フジノ勝手連のニックネームは『希望の勝手連』です。 演説の中でもしばしばフジノは 『希望』を横須賀に取り戻します と述べることがあります。 でも、そもそも『希望』って一体なんなのでしょうか? 『希望がある』とか『希望が無い』とか どういう状態のことを言うのでしょうか? 『希望』が感じられる社会とは、どんな社会なのでしょうか?
人はどのような時に希望を感じられるのか 人々が希望を感じられるまちとは、どのような在り方なのか といったことを、政策に組み込む努力をしています。 そんなフジノの視点に立っても 雄人が掲げるマニフェストの中には 希望を感じることができるまちへとつながる道が 確かに記されています。 街頭演説をした後に、歩道橋の上から たくさんの学生たちが 「がんばってくださーい!」 と、口々に叫びながら、 一生懸命にみんなで手を振ってくれたりするのを見るにつけても フジノは感動にこころが打たれました。 僕の大切な生まれ故郷、追浜。 再びこのまちに 希望に満ちた暮らしを取り戻してみせる。必ず。 |
2009年5月22日(金)のフジノその2 | |
● 28日に臨時議会が開かれます 本日、議会運営委員会が行なわれて 来週28日(木)に『臨時議会』が開かれることが決定しました。 この1日のみの開催予定で、 現時点では4つの議案(市長からの提案)が出ています。 1つは、市長・副市長・教育長らの夏のボーナスをカットするものです。 残り3つは、市長が行なった専決処分の承認についてです。 専決処分の承認とは... 急を要する為に市長が市議会を開くことができなかった為に 議会の承認をあらかじめ得ることができないままに市長が対応したことを 後から市議会として「良し」と認めるか否か、というものです。 現在、市職員の夏のボーナスカットについても 組合との交渉が行なわれていて、 現時点では全く未定なのですが、 もしも組合と市側とで合意が得られた場合には、 議案が追加されて出てくるかもしれません。 (2009年5月22日・神奈川新聞より) |
2009年5月22日(金)のフジノその1 | |||
● 横須賀市長選挙の公開討論会が6月18日に開催されます 横須賀市長選挙に向けての公開討論会を 社団法人横須賀青年会議所が6月18日(木)に開催します。
このJCの取り組みを、タウンニュース紙が報じてくれました。 (2009年5月22日・タウンニュース紙より) 横須賀市長選 公開討論会/横須賀JC 討論テーマ募集 (社)横須賀青年会議所(横須賀JC)では、 6月に行なわれる横須賀市長選に向けて、 立候補予定者による 公開討論会を企画している。 日時は6月18日(木)の午後6時半開場、7時開会。 会場は京急汐入駅前のヨコスカ・ベイサイド・ポケットで 入場自由。 これに合わせて 公開討論会で取り上げてほしい設問を市民から募る。 @景気対策 A災害対策 B横須賀市の財政 C少子高齢化社会・福祉問題 D教育問題 E米海軍基地との係わり F産業 G地域主権・地方分権 H地域活性化 I環境問題 J人口減少問題 K横須賀市の観光 L青少年育成 M公共事業 Nその他 以上の中から特に関心のあるテーマ5つを選び、 名前と居住地域を明記して FAX046(824)1060へ送信。 締切は6月10日(水)。 横須賀JCが意見集約を行い、 当日の進行に役立てる。 ------------------------------------------------- (引用終わり) ぜひあなたも申し込んで下さい! (質問用紙はこちら) そして、6月にはぜひ公開討論会にいらして下さいね! |
2009年5月21日(木)のフジノその2 | |
● 横須賀市長選挙まであと1か月 6月28日の横須賀市長選挙まで、 あと1か月となりました。 神奈川新聞に、市長選挙カンケーの 大きな記事が出ていましたので引用させていただきます。 (2009年5月21日・神奈川新聞より) 本番向け水面下の戦い/横須賀市長選 6月28日投開票の横須賀市長選に向け、 立候補を予定している3人の活動が活発になっている。 既にマニフェスト(政権公約集)の骨子発表や 選挙用の事務所開設を済ましている陣営も。 水面下での戦いが始まっている。 立候補予定者は、表明順に現職の蒲谷亮一市長(64)、 共に新人の吉田雄人市議(33)と呉東正彦弁護士(49)の3人。 蒲谷氏の陣営は20日、 前回と同じ米が浜通に事務所を開設。 開所式には小泉進次郎氏や 自民、民主、公明の地元選出県議、市議らが出席し、 再選へ支援を求めた。 他陣営から出ている官僚出身市長への批判に対し、 自治省出身の蒲谷氏は 「官僚にもいろいろいる」 と反論。 「地方自治の専門家」として、 国とのパイプを生かして財源を確保していると強調している。 吉田氏は4月26日の後援会臨時総会で マニフェスト骨子を発表。 今月10日には大滝町の三笠ビル商店街に事務所を開いた。 チラシを配布して支持を訴える「政策本位の選挙」を目指し、 政党や団体に頼らない「草の根活動」を展開。 具体的な政策では 3100億円に上る市債を返済するための基本計画を策定するほか、 常設型の住民投票を盛り込んだ自治基本条例の制定などを掲げている。 呉東氏は4月27日の集会でマニフェスト1次案を発表した。 地域循環経済による経済活性化を第1に掲げ、 「市長交代で市民との協働による元気な横須賀の実現を」 と訴えている。 配備に反対してきた原子力空母については、 安全対策の確立を最優先する。 反基地団体など弁護士活動を通じてかかわった 各種市民団体の支援を受けている呉東氏。 精力的にミニ集会を重ねる毎日が続く。 ------------------------------------------------- (引用終わり) フジノが市民の方々とお話をしていると、 横須賀市長選挙が行なわれることそのものを知らない方々が たくさんいらっしゃいます。 新型インフルエンザをはじめとする 毎日の暮らしの中での様々な出来事で本当に精一杯で 市長選挙なんて 本当に身近な話題ではありません。 そんな現在の状況を、フジノも含めた全ての政治家は 率直に反省していかねばいけません。 生活の中で起こる様々な問題を解決することこそ まさに『政治の仕事』だからです。 市民のみなさまの暮らしがつらい時や苦しい時に 政治家の存在を真っ先に思い出してもらえない現実があるのは、 まさに政治が機能していない証拠です。 そんな現状を変えるのは 政治家としての義務です。 だから、市民のみなさまに 政治家としてフジノは約束します。 政治は、いのちと暮らしを守る為に存在しています。 この本当の目的を実現する政治を、 必ず市民のみなさまのもとに取り返します。 市民のみなさまが『希望』を感じて生きていかれるように 政治がしっかり機能するように努力していきます。 |
2009年5月21日(木)のフジノその1 | |||
● 横須賀市議会もボーナスをカットすべきだ! もしも横須賀市議会が本当に市民の代表であって この経済状況のどん底の中で 市民のみなさまと痛みを分かち合うという気持ちがあるならば 今こそ横須賀市議会は 自らボーナスをカットすべきです。 そう考えるフジノの理由を、 以下に記していきます。 --------------------------------------------- けさの神奈川新聞の記事を見て下さい。 これは、経団連が調査した 大手企業の夏のボーナスが平均して19%ダウンする、というものです。 あくまでも大手企業の話であって 中小企業ではボーナスが出ない会社もたくさんあります。 民間企業がこれだけ厳しい状況の中、 政治が責任を取らないのは、あまりにも無責任です。 (2009年5月21日・神奈川新聞より) そんな想いでいたところ、 同じく本日の神奈川新聞の別の記事では 国会議員の夏のボーナスを2割カットすることに 自民・公明の与党国会改革プロジェクトチームが合意した、 とあります。 いつも動きが遅すぎる国会議員でさえ、 ボーナスの2割カットに動きました。 当然です。 現在の不況や失業率の高さは、政治の失敗なのですから。 責任をとって国会議員が報酬をカットするのは当たり前です。 (2009年5月21日・神奈川新聞より) さらに、おとといの神奈川新聞の記事によると、 葉山町議会では、議員ボーナスを0.2ヶ月分凍結することを 明日22日から開催される臨時議会にて提案する とのことです。 (2009年5月19日・神奈川新聞より) さて、民間企業では大手でさえ2割もボーナスが下がります。 中小企業ではボーナスが出ないところもたくさんあります。 国会議員でさえ、ボーナスカットの予定です。 お隣の葉山町議会は 明日の臨時議会で凍結に向かいます。 もしも横須賀市議会が本当に『市民の代表』であるならば 自らその身を削らなければ、もはや市民のみなさまの信頼は得られません。 かつて、2008年6月議会において 市の職員の給与カットが市長から提案された時、 フジノは本会議でこのような討論をしました。 (2008年6月議会・討論より一部引用) ----------------------------------------------- 最後になりますが、本来ならば、 市長が市職員の給与カットを提案する前に 市議会側が自ら市議会議員の給与カットを提案すべきでした。 財政難で低成長時代の給与の在り方については、 市長、市議会議員、市職員と、三位一体で改革すべきだと僕は考えます。 市長をはじめとする特別職は、 今年4月から来年6月まで10%カットをすでに実行しています。 行政と議会という二元代表制の、 行政側のトップが給与カットをしている以上 この時点で議会側もこれに応じて痛みをわかちあうべきでした。 市長と市職員が給与カットされる中、 僕たち市議会議員だけが 痛みを感じずに現状維持のままで本当に良いのか それこそが本当の問題なのではないでしょうか。 ------------------------------------------------- (引用終わり) そもそも政治家の報酬カットは 2003年に初めて立候補した時からのフジノの公約です。 市民のみなさまと痛みを分かち合ってこそ 政治家だ、とフジノは信じています。 今こそ横須賀市議会は、ボーナスのカットへ動くべきです。 |
2009年5月20日(水)のフジノその2 |
● 父のお見舞いと入院費用の支払いへ その1で書いたとおりで 毎日の相談件数がフジノの限界を超えてしまって 必死になって何とか対応しているうちに、 プライベートの時間がほとんど取れなくなってしまいました。 毎月はじめに、父の入院している病院を直接に訪れて 入院費用の支払いに行っているのですが (これは転院した病院の方針で、 家族にはなるべく多くお見舞いに来てほしいという考えからで、 振込みでの支払いは受け付けていないのです) 今月は、時間がとにかく取れずに、 とうとう下旬にさしかかった今日まで遅れてしまいました。 今月の入院費用は、22万9800円。 さすがに現金で30万円を銀行からおろすのはいつも緊張します。 実は、数ヶ月前、まだ転院先が見つからなかった頃、 フジノは2ヶ所の『地域包括支援センター』へ相談に行きました。 介護についての何でも相談を受けてくれるのが 『地域包括支援センター』です。市内には14ヶ所あります。 でも、フジノの場合には、ここでの相談は 現実的には何の役にも立ちませんでした。 受け入れが可能な入所施設は市内には存在しないので 自宅で介護(在宅)すべきだ、と言われました。 それでは介護保険を使って費用だけでも安くなるかというと むしろ自己負担は30万円台に上がるだろう、 という見込みでした。 おカネの負担・出費は全く減らずに、 ただひたすら家族が介護をする苦労だけが増えていく。 これが現実です。 しかし、地域包括支援センターが悪いのではありません。 ずっと書いてきたとおりで、 この国の福祉の在り方そのものがおかしいのです。 (同時に、現・市長の高齢者福祉への消極的な対応にも 大きな問題があります。市長は『やればできること』をやっていません) この国の高齢者福祉の制度は、 僕の父のような状態の人々に対しては、全く機能していません。 なんとか僕の父の場合には転院先が見つかったので 僕も母もおやじも無事に生き延びることができましたが 転院先を見つけることができなかった方々の多くが 在宅介護で本当に苦しめられているのを知っています。 心身ともに疲れきって、病に倒れたり、 うつ病に陥ってしまったり...。 この国の福祉政策は、明らかにまちがっています。 絶対に変えなければいけません。 ------------------------------------------------- 父の病院は、JR鎌倉駅から江ノ電にのりかえて行きます。 江ノ電はいつ乗っても混雑しているので パニック発作が出ないように なるべく空いていそうな時間帯を選んで乗るのですが 今日は、山梨県から遠足に来たというこどもたちで すさまじく満員になっていました。 2泊3日でこっちへ来ていて、 昨日は国会議事堂を見学して宿泊をして 今日は鎌倉を1日見学して、夕方に江ノ島に集合だそうです。 楽しそうなのは素晴らしいのですが あまりの混雑ぶりにパニックが出そうでつらくてたまらず 電車を降りたくてたまりませんでした。 たった20分くらいしか乗らないのに パニック持ちだとめんどくさいです。 1ヶ月ぶりに再会することができた父に、 まず最初に 「市長選挙の結果で議員辞職をするのはやめたよ」 という報告をしました。 「おれと心中してくれないか、なんて言って 父さん、すまなかったよ」 と、こころから謝りました。 今日の父は、何となく元気そうに見えました。 いや、父さんが元気なように見えたのは、 きっと僕のこころの反映でしかないのだろう。 前回、僕がお見舞いに行った理由は、 辞職の決意を伝える為で、僕はひどく悲壮感に満ちていた。 けれども前回のお見舞いの時と今回は全く逆で 希望ある未来に向かってただひたすら闘い続けている立場だから、 僕のこころに明るさがあって だから父に元気があるように『見えた』だけなのだろう。 人のこころというのは、そんなものだ。 僕は、父のそばに居たい。 今みたいに仕事が忙しくなければ 毎日だってお見舞いに来たい。 ベットサイドにいて、父に話しかけ続けていたい。 いのちのカウントダウンが始まっているのに 自分の父親が少しずつこの世界からいなくなりつつあるのに 何故、他人を救う為に必死で働いているのか、 ときどき僕は自分で理解できなくなることがある。 激しく理不尽な怒りに襲われることがある。 叶うのならば、僕は今もっと父のそばにいたい。 でも、4人部屋の同室の他の患者さんが 若くて明るい看護師さんたちにうながされて発声しているのを 聞くのがつらい。 「Aさん、今日の朝、おはよう、って言ってくれたんだよ」 「えー、すごいね、Aさん! わたしにもおはようって言ってくださいよ〜!」 「お、は、よ、う...」 「わー、言えたね!おはようって言えたね!すごいよ!Aさん!」 「Aさん、良かったね。言えたね!」 僕の父は、もう4年間ひとことも言葉を発していない。 市民病院に入院していた時に ドクターに呼ばれて僕は 「痰の吸引がしやすくなりますから お父さんのノドを切開して管を入れますが、よろしいですか? 管は必要が無くなったらすぐに外せるし、 外せばノドの穴はすぐにふさがるから大丈夫です。 管をつけたままでも、声を出したければ 手で穴を押さえれば出せますし」 なんて言われて信じこんで その当時は切羽詰っていて何も分からなくて とにかく言われるがままに管を入れるしか無いのだと思っていた。 しかも、またすぐにそんな管を外せるようになって、 のどの穴がふさがれば、父は話せるようになるのかと思っていた。 そんな言葉を信じた僕がバカだった。 ドクターがのどに穴をあけたかったのは ただ単純に、痰の吸引がしやすくなる、というだけのことだ。 植物状態の父が、もしも話したいという意思を持つことができたとしても 自分の手でのどの穴をふさぐことなんてできない。 手を動かすという命令系統が機能していないのだから。 それ以前に、ノドを震わす筋力さえ無いのだ。 いや、それ以前に、声を出そうという意思が 再び父に起こることがありうるのだろうか。 もしも何かの偶然で声が出るチャンスがあったとしても 穴のあけられた父のノドを誰かが まさにそのタイミングでふさぐなんてことはありえないから つまり、僕が父の声を聴くことは2度とありえない、ということだ。 けれども、それでもいいから、そばに居たい。 僕の仕事は、他人に希望を示すことだけれど、 僕は僕の人生に希望の灯りがほしい。 父が生きていることは、僕にとって大きな希望だ。 その灯りが消える時間まで残りわずかならば、そばに居たい。 -------------------------------------- でも、わずか1時間のお見舞いで僕は病院を去って そして、再び仕事に戻っていく。 今夜は、カフェトークだ。 少しでも参加者の方々に気持ちよく過ごしてもらう為に 僕は笑顔をつくる。 人は誰だってつらいことをいくつも抱えているものだ。 僕だけじゃない。みんな、闘っている。 おれだって負けていられない。 闘っていくんだ。 生きていくんだ。他に何ができる? |