まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2007年1月6日(土)のフジノ
● 大好きな『かねよ食堂』で新年会

 今日は、大好きな『かねよ食堂』の新年会でした。

 「政治家は年末年始、忘年会・新年会で大忙し」というイメージがありますが
 去年も書きましたが、フジノは『政治家』としては絶対に出ません。

 毎年、横須賀市が主催している賀詞交換会(2000人も来たらしい)にも
 政治家として『開催の必然性』が全く納得できないので
 (税金を使ってやる必要が無い)、参加しません。

 今日もプライベートで新年会に行きました。
 それにプライベートでも新年会の予定はこの1回だけ。

 だって、僕の友達はみんな元旦からもうフツーに働いているもん。
 新年会やれる余裕なんて、時間もお金も無いし。
 もう松の内も明けるし、みんなだってそうだよね?


 さてさて、企業経営コンサルタントをしている友人と一緒に
 走水・伊勢町へと19時半に一番乗りしました。

 まだ静かな『かねよ』の中。

 この後、50人以上の
 素敵な仲間たちが集まりました。

 3000円の会費を払って、飲み放題・食べ放題(ありがたい)。

 お雑煮・おでん・キムチなべ、
 GORIさんの作る
 めちゃくちゃうまいたこ焼きや
 メキシコ料理のメナード
 というスープもあった。

 ものすごい量!
 ものすごくおいしかった。

 「これぞ、漁師さんの手料理!」っていう感じの
 お母さんのごはんがとてもおいしくて
 『かねよ』に来るとつい食べ過ぎてしまう...。

 いつも食事を取りすぎないように気をつけているんだけどなあ。

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 2時間くらい、みんなでいろんなことを語り合っているうちに
 だんだんたくさんの人が集まりはじめました。

 そして、フジノがこのまちで一番大好きなギターを弾く
 Soichiくんのライブが始まりました。

演奏するそーいちくん  彼のギター&ボーカルがとても好きで
 チャンスがある限り、
 聴きに行くようにしています。
 (前回はHOBOフェスティバルだった)

 Soichiくんの演奏&歌は、
 たとえバンドであってもソロであっても
 その根っこにはいつも
 ブルースが流れているのです。

 音楽のジャンルがロックであってもスカであってもレゲエであっても
 その地下水の流れとしてのブルースが存在しているので、
 聴いていてリアルで、そこには音楽があるべき必然性があるのです。

 うーん、どうやって説明したら通じるのかなあ。

 例えば、高校生がモテたくてコピーバンドをやっているとします。
 もちろんそれも音楽。もちろんそれもロック。OK。

 だけど、リアルじゃないし、その高校生から音楽を奪っても
 きっと彼ら/彼女らは死んだりはしない。

 でも、Soichiくんの歌は違う。
 音楽が存在しなけれならない。

 そういう歌い手が少なすぎるから、
 よけいに際立って彼の歌はリアルに響くし、こころに届く。

 けれども、そんな理屈は抜きに
 聴けば分かる。

 そんな音楽が僕は大好きで、それをやれる人はとても少なくて、
 横須賀で一番好きなのが僕にとってはSoichiくんだ、ということなんだ。


● 守りたいものがある。/だから全力で毎日働く

 Soichiくんの歌がひととおり終わると
 今度はジャムセッションみたいになった。

 みんな、自由にギターを弾いたり、ジャンベを叩いたり、
 歌ったり、踊ってる人もたくさんいる。

 『かねよ』に集まる人はアーティストが多いので
 みんなとても楽器も歌もうまい。

 『かねよ』に集まる人はみんな音楽が生活に根づいているので
 セッションが進んでいくにつれて、1つになっていくのを感じる。

 みんなで歌いながら気持ちが1つになっていくのを感じる。
 たくさんのハグがあって、たくさんの笑顔があって、1つになっていく。

 セッションが進んでいってボーカルを
 Yukaliciousさん(The Sun Goes)が取った時には
 なんだか平和でハッピーな気分が身体全体を包んで、
 僕は思わず涙が出てきてしまった。

 (後で「歌にやられて感動して涙でちゃったよ」と言ったら
  「ありがとう。でもまだ(あのボーカルでは)60%だったんだよ!」
  と言われてしまった。それならば100%出してたらどんなすごいんだ!
  恐るべし、Yukalicious。)

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 でも、みんなの楽しくて幸せそうな様子を見つめながら
 僕が考えていたことは、初めて全く別のことだった。

 目の前の音楽のことじゃなかった。

 なんかハッピーなみんなの様子を見ながら僕は
 「こんなハッピーをおれは絶対に守らなくちゃいけないんだ」と
 強く政治家としての責任を感じていたんだよ。

 いつもいつも僕にとって
 『かねよ食堂』とそこで出会ったみんなの存在は
 僕の仕事のイヤなことを全て捨てられる/忘れさせてくれる
 すっごく大切なものだった。

 だけど、何故だか初めて昨日はものすごく
 みんなを眺めてニコニコしながらも
 こころの中はプライベートでは無かったんだ。

 私人としての僕にとっては「ここが最後の砦だ」といつも思ってきた。
 かねよ食堂、ここだけが僕のことを肩書きでは差別しない。

 だから、仕事のことをなるべく考えないようにしてきたし
 実際に走水の海を眺めながらおいしいごはんを食べている瞬間には
 政治家ではなくなれた時間も時々あった。

 でも、何故か今日は初めて違った。

 カッコいい音楽と素敵な仲間たちと安心できる空間の中にいるのに

 「おれは、みんなの為にも絶対に全力を尽くしてこのまちを守るんだ」

 と感じたんだよ。

 みんなからしたら、笑い話だよね。

 だけど、僕はすごく感じたんだ。

 子育てしやすいまちにしたい。
 働ける場所がもっとなければいけない。
 介護に苦しむ人をゼロにしたい。
 若い人たちの才能や努力が報われる社会にしたい。

 そんな風にすごく感じたんだ。

 私人としての最後の砦だった場所で
 サイコーにハッピーな瞬間にひとりきりでそんなことを感じてた。

 守りたいものがある。だからおれは闘っている。

 そのことを改めて痛感してしまったんだよ。
 すごく不思議で、悲しい気持ちもした。

 だけど、おれが全力を尽くせば
 音楽では実現できない部分のことを
 政治が実現できるかもしれないというのもリアルな現実だ。

 だから、がんばろうと思った。

 どこまで突き進めるか分からないけど
 どこまでも突き進んでやると思った。


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 そんなことを考えたりして、
 でもってみんなと真夜中までいろんなことを話して過ごしました。

 2時半くらいに事務所に戻ったんだけれど
 その後もスタッフと朝6時ちかくまで、いろんなことを話し合いました。

 明日もがんばろう。



2007年1月5日(金)のフジノ
● フジノの提案、実現します/フォーラム「STOP THE いじめ」開催!

 今日、教育長(教育委員会)から
 とてもこころづよいプレスリリースがありました。

 学校でのいじめ問題を解消するために
 『いじめ対策サポートチーム会議』を設立した、というものです。

 詳しい内容はこちら(その1)こちら(その2)をご覧下さい。

 このペーパーからではなかなか伝わらないかもしれませんが
 フジノには教育委員会の方々の『熱意』がひしひしと感じられます。

 何故ならば、昨年10月以来、
 フジノは教育委員会の方々の熱意を目の当たりにしてきたからです。

 フジノにとって昨年12月議会のテーマは
 『いじめ・いじめ自殺』議会でした。

 10月から悲しい連鎖自殺が続きました。
 その原因として全国的にいじめ問題がクローズアップされました。

 それから12月議会が終わっても年末までぶっとおしで
 教育委員会の方々と共に
 いじめ問題と闘う為に必死に活動し続けました。

 フジノはそんな日々を通して
 語りあった教育委員会の方々の熱意が結実した1つの形
 『いじめ対策サポートチーム会議』設立だ
 と感じています。

 もちろんただ『チーム会議』を作るだけでは意味はありません。

 それらを有効に機能させて効果があらわれて
 そこで初めて「意味があった」ということになります。

 当然ながら、実際に「有効に機能していくようにチェックする」のが
 政治家フジノたちの大切な仕事です。

 このまちのいじめ問題を改善する為に
 これからもさらに全力を尽くしていきます!

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 さて、このペーパーの2枚目をご覧下さい。

 フォーラム『STOP THE いじめ』の開催
 2月10日(土)に総合高校SEAホールで行なうとあります。

 市立の全ての小・中学校・高校・ろう・養護学校から
 生徒たちが350名(代表3名ずつです)集まって行なうのです。

 プログラムとしては、
 まず教育委員長の奥寺康彦さんと
 元横浜FCの城さんが講演を行ないます。

 その後、生徒による実態の報告や取り組みの状況などをはじめ、
 基調提案が行なわれます。

 最後に、横須賀市の児童・生徒としてスローガンの採択を行ない、
 各校の取り組みの呼びかけを行ないます。

 このフォーラムが実現するのは
 フジノにとって、とても大きな喜びです。

 12月議会での教育経済常任委員会(12月4日)の
 フジノと教育委員会の質疑応答のやりとりをまずご覧下さい。

 (平成18年12月4日・教育経済常任委員会・所管事項に関する質疑)



 いじめ問題について
 フォーラムやタウンミーティングを開催すべきではないか

 という点についてうかがいます。

 これまで本市では、
 市長が市内全域でタウンミーティングを開いてきました。
 特に今年の後半からはテーマを設定して
 10月は市立総合高校、
 11月は県立保健福祉大学を訪れて
 学生たちと市長が意見交換を行ないました。

 今回、これだけいじめといじめ自殺が問題となっている現状を受けて、
 ぜひとも小・中学生・高校生を対象にした
 いじめ問題に関するタウンミーティングを行なってほしい
 と思います。

 こどもたちの声を聴く場、こどもたちに語りかける場を
 ぜひ設けるべきだと思います。

 これは決してタウンミーティングにこだわるものではなく、
 いじめ問題フォーラムのような形でも良いと思います。

 教育委員会が主催をしていても良いし、
 あるいは生徒会やNPOなどの主催するものを
 教育委員会が後押しするものでも良いと思います。

 形式は問いませんが

 こどもたちがいじめ問題について
 率直に意見交換や議論ができる場をつくるべきだ


 と思いますが
 この点についていかがお考えかお聞かせください。








 こどもたちはいじめの問題に傍観的ではなくて、
 正面から向き合っていじめ問題の意識を高めてもらって、
 そしていじめの解消につなげていくということについては
 大変重要だと思っています。

 そういう意味では、

 教育委員会が直接こどもたちに話しかけ、
 こどもたちの意見を聞くというような場はこれは大変必要なこと


 と考えておりますので、

 校長会などと協議しながら
 検討を進めていきたいと考えております。





 非常に前向きな御答弁を頂いたと思います。
 ぜひ積極的に進めていただきたいと思います。




 そうです。

 委員会でのフジノの提案がまさに実現するということなのです。

 良かった。

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 政治家にとってたった1つだけ大切なことは
 政策を実現すること、です。

 いくら街頭演説で目立っても、いくら話題性があろうとも、
 そんなものは全く意味がありません。

 『政策を実現すること』だけしか
 『政治家の存在意義』はありません。

 くりかえしますが
 政治家にとってたった1つだけ大切なことは
 政策を実現すること、です。

 いじめに苦しむこどもを減らす、という政策を実現する上で
 フォーラムの開催はあくまでも『手段』の1つでしかありません。

 けれども、こうやって1つずつ提案を実現していくことで
 最終的には政策の達成へ向かっていくのです。

 こうした積み重ねこそが
 「在るべき政治家の姿だ」とフジノは信じています。

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 さて、委員会での質問を行なうにあたっては
 ただその場で思いついたことをパッと質問をするのではありません。

 本当は事前にものすごく長いやりとりがあります。

 (他の政治家はどうか知りませんがフジノのやり方は以下の通りです)

 まず、事前に担当の部署と
 徹底的に現状について話し合います。

 そして、フジノが考える対策の提案をします。

 それに対する実現可能性を担当部署と議論をします。

 こうしたやりとりが担当部署から部長・副市長・市長へと報告されます。

 フジノは担当部署との議論を通じて
 改めて提案を練り直します。

 こうしたやりとりをくりかえして、やっと委員会の当日を迎えます。

 あまり裏話をするのは良くありませんが
 今回のフォーラム開催についてのフジノの質問は
 本当に厳しいやりとりが事前にありました。

 教育委員会は当初は「年度内の開催は難しい」というスタンスでした。

 理由は決して後ろ向きなものではなく
 期末試験や卒業式など
 ただでさえ行事が目白押しな忙しい時期に
 これ以上、現場(学校)に負担をかけることは厳しすぎる、というものでした。

 それでも「いじめ対策を強くうちだす」という方針は
 フジノも教育委員会側も同じ想いでした。

 こうした方針をもとにあえて教育委員会側は
 様々な日程的な調整を行なってくれて
 そうしてあの答弁になったのでした。

 政治家であるフジノができることは
 ここまで、です。

 委員会で正式に答弁をしてからは、
 行政側が「答弁を実行に移す」ための活動が始まります。

 ここからは、さらに激しく厳しい連絡調整があったものと推察されます。

 そうしてやっと今日のプレスリリースへと
 こぎつけることができたのです。

 だから、フジノの率直な感想は

 「教育委員会は、よく小中学校の校長会の合意を取り付けたなあ」

 というものです。

 当然ながら、マスコミも市民の方々もこういう舞台裏は
 発表されたペーパーからだけでは何も知ることは無い訳です。

 けれども政治家はこういう動きを全て見ている訳ですね。

 だからこそ、事情を知っている立場の人間として
 フジノは「教育委員会の熱意が結実した」と書いたのです。

 『いじめ対策サポートチーム会議』設立も
 フォーラム『STOP THE いじめ』開催も
 実現にあたってはものすごく様々な困難があったことと思うのです。

 そんな困難をのりこえていかれるのは
 こどものいじめ問題を絶対に無くしたい、という熱意があるからこそ、
 なのです。

 行政側(今回は教育委員会)が
 本当によくがんばってくれた、とフジノは感謝しています。

 ありがとうございました。そして、本当におつかれさまでした。

 けれども、いじめ問題の解決こそがゴールです。
 いじめはそう簡単にはなくならない。
 永久に決着はつかないかもしれない。

 それでも、このまちはいじめを無くす為にがんばり続けるのです。

 必ずこのまちは変わります。
 熱意のある人々がたくさん存在しているのだから。

 みんなで一緒に変えていこう!
 がんばっていこう!


● もうちょびっと待っててください...

 「一人自殺予防キャンペーンをうちの近くでもやってください」

 という内容のメールを
 追浜と浦賀と久里浜の方々から頂いています。

 もう昨年暮れからずうっと言われているのですが
 なかなか忙しさともろもろの事情の為に実現していません。

 もろもろの事情の1つ、腰の痛み、については
 対策を取りましたので大丈夫そうです。

 メガフォンは5kgもあって
 2時間も演説すると、もう腰がダメになってしまう。

 そこで『ぎっくり腰』対策で
 『ワイヤレスマイク付のメガフォン&三脚』を買いました。

 去年から数回使ってみて、
 これで腰の負担は無くなりました。

 あと、いくつかの事情をのりこえたら
 時間をつくって必ず行きますからね。

 すみません、この日記をもって
 みなさまへの返事とさせて下さい。

 ではでは。



2007年1月4日(木)のフジノ
● 平成17年(2005年)の自殺についての統計が出ました

 横須賀市保健所の総務課がまとめている
 『衛生年報』の最新版(平成18年度版)が発行されました。

 今回は、平成17年(2005年)の1年間のデータが載っています。

 毎年『衛生年報』が発行されるとフジノは
 かなりしつこく全てのページを読みます。

 フジノ以外にこんなの読んでいる人は誰か居るのだろうか?
 と少しユーウツになりながら、がりがりと読んでいます。

 さて、ここにはあらゆるデータが載っています。

 例えば、平成17年に
 『生まれた数』は3,305人、『亡くなった数』は3,731人、
 ということで『自然増加』はマイナス426人です。

 人口減少社会とマスコミで報じられていますが
 このまちでは平成15年から自然増加がマイナスになりました。

 ちなみにフジノが生まれた昭和49年は
 自然増加は4,573人。

 たった30年しか経っていないのに
 すごい激しい変化が起こっています。

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 さて、本題です。

 フジノは『衛生年報』が発行されるのを
 毎年ドキドキしながら待っています。

 何故ならば、自殺予防対策がメインの政策である政治家フジノにとって
 『衛生年報』が発行されることで
 自殺に追い込まれた方々の最新の数が初めて分かるからです。

 そして今回の最新版によると
 平成17年に亡くなった方々の数は95人でした。

 平成16年に比べると2人だけ減りましたが、
 全ての死因の中でワースト7位なのは変わりませんでした。

 (ワースト1位はやはりガン、2位は心疾患、3位は脳血管疾患です)

 年齢別の内訳などを含めて
 これまでの統計はこちらに載せてあります。

 95人はものすごく多く、とても残念な結果でした。

 2003年にフジノが政治家に当選してから
 自殺予防対策を行なうように提案をしつこくしつこく繰り返してきて
 やっと横須賀市では
 自殺予防対策が行なわれはじめました。

 自殺予防対策は効果が出るまでに10年はかかる、
 というのが通説となっています。

 それでは少なくとも2013年まで
 待たなければ効果が出ないのでしょうか。

 いや、そんなに長く待つことはできません。

 効果のある対策をスピーディーにしっかりと行なうことで
 すでに秋田県のように50%近く減少に成功した地域があります。

 もっとこのまちの自殺予防対策を
 徹底的に行なう必要があります。

 もっともっと全力でフジノはがんばらなければいけない。

 『衛生年報』に載った95人の犠牲者の方々と
 その背後にいらっしゃる500人以上のご遺族の方々に対して
 改めて自殺予防対策を全力で推進させることを誓いました。


● たった70人の立候補が『乱立』なのか/選択肢が少なすぎる

 今年は統一地方選挙やら参議院選挙やらと
 選挙がたてこんでいる年なのです。

 という訳で、神奈川新聞は新年から政治カンケーの特集を
 連日報道してくれています。

 「自分のまちのことは自分が決める」

 この最も基本であり最も重要なことが
 なかなか実現していないのが現実です。

 だからこそ、政治をもっともっと身近に感じてほしい/使ってほしい、
 と考えているフジノにとって、神奈川新聞の特集はとてもありがたいです。

 ただ、1月3日付けの特集には
 ちょっとギモンを感じました。いや、正確には「意見の相違」かな。

 (神奈川新聞、07年1月3日)

 今年4月22日に行なわれる横須賀市議会議員の選挙について
 現時点での「状況分析」みたいな記事が出ていました。

 こういう記事って、政治家以外には
 政治オタクが選挙マニアしか読まないので
 影響は無いとは思うのですが
 それでもフジノはあえて「反論」をしたいです。

 43人の議席に対して、70人の立候補予定者がいる。

 あなたはこれを多いと思いますか?少ないと思いますか?

 フジノは「70人では少ない」と思います。
 就職氷河期をくぐりぬけてきたフジノたちの世代にとって
 たった2倍(2人に1人が落選する)なんて、少なすぎるもいいところです。

 フジノ個人のことについて言えば、マスコミ業界という
 数百〜数千倍の倍率の就職試験をこなしてきた訳で
 よけいに政治家業界って『ぬるま湯』に感じます。

 これまでも書きましたが、選択肢が少なすぎます。
 (こちらにフジノの持論が詳しく書いてありますのでどうかご覧下さい)

 43議席に対して70人しかいないのでは
 あなたの考えに近い政策を訴えている候補者が本当にいるのでしょうか?

 神奈川新聞の記事では『乱立模様』と見出しが書かれています。

 乱立、というのはマイナスイメージの言葉だと思います。
 なんだか「たくさん立候補したことが悪いこと」みたいな感じがします。

 乱立ではなくて、正常な状態に近づいたのではないでしょうか。

 むしろもっと多くの人々が立候補すべきなのではないか
 とフジノは思います。

 あなたはどう思いますか?



2007年1月3日(水)のフジノ
● 1月3日は横須賀市民にとっては『悲しみの日』だ

 今日はまだ松の内で三が日も過ぎていないのですが
 あえてYデッキで演説を行ないました。

 何故ならば1月3日はこのまちに暮らす全ての人々にとって
 特に政治・行政にカンケーする人間にとっては
 絶対に忘れてはならない『悲しみの日』だからなのです。

 昨年の今日、朝6時半頃、
 仕事に向かう途中だった50代の女性が米が浜通りで
 泥酔したアメリカ兵にすさまじい暴行を受けて殺されてしまいました。

 (詳しい内容はこちらをご覧下さい)

 昨年1年間、フジノは
 このまちにずうっと暮らしてきた市民として
 また、市民の命を守ることこそ最大の仕事であると信じる政治家として
 アメリカ軍兵士による犯罪を
 このまちから無くすことを
 目標の1つに活動してきました。

 そして事件から1年が経ちました。

 スーパー防犯灯を設置することが決定されるなど
 ハード面の対策は少しだけ進みましたが
 アメリカ兵による犯罪の発生が改善されたとは言えません。

 だからこそ、1月3日の事件を絶対に忘れてはいけない
 とフジノは考えています。

 そこで、今日は

 (1)市民がアメリカ兵に殺された事実を絶対忘れない為の追悼演説

 (2)アメリカ軍犯罪を絶対にゼロに無くす為の活動報告

 を行ないました。

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 演説を分かりやすくする為に
 内容を説明したボードみたいなものを作りました。

 15時半から17時半まで
 本当に凍えそうな寒い中だったのですが
 たくさんの方々が足を止めて演説を聴いてくれました。

 本当にありがとうございます。

 アメリカ兵による犯罪を絶対にゼロにしなければならない。

 これは右も左もイデオロギーも一切カンケーない。
 このまちに暮らす人々を守る為に
 絶対に実現しなければならないことです。

 今年も市議会やあらゆる場を通じて
 アメリカ軍の兵士に対する教育プログラムの改善をはじめとする
 ソフト面の徹底的な強化を訴え続けていきます。

 殺されてしまった被害者の方に
 きちんと「もう同じような事件は無くなりました」と
 対策を報告できるようにしたいです。

 今はまだ足りない。全然、対策が足りない。

 アメリカ兵による犯罪を防止する為のあらゆる提案、
 被害者の方々の支援を行なう犯罪被害者支援の提案、
 今年もしっかりと行っていきます。


● そもそも『兵士』という存在が日常を生きることは可能なのか

 この追悼演説を行なう為に
 カンケーするあらゆる資料を読み返してみました。

 この事件に関するスクラップしてある新聞記事、
 米兵犯罪を無くす為にフジノが市長に対して行なった議会での質問、
 ウイリアム=リース被告の裁判を傍聴した時のメモ、
 1月3日からのこのHPの活動日記、などなど。

 このHPの記述をちょっと挙げてみるだけでも
 ものすごくたくさんありました。

 1月5日(木)駅前から600mの殺人、
         市長声明・アメリカ軍のプレスリリース
 1月6日(金)アメリカ軍の対応に誠意を感じた人はいますか?
 1月7日(土)容疑者の引渡しに3日は遅すぎる
 1月8日(日)訓示したばかりなのに米兵がひき逃げ
         アメリカ軍基地がある限り、犯罪は続く
 1月12日(木)外務省・防衛庁への市長の要請をフジノは評価しません
 1月19日(木)米兵が不入斗中に侵入事件!
 1月20日(金)米兵犯罪を現実的に無くす為に
 2月17日(金)米兵犯罪を防ぐ対策協議会の準備会スタート
 2月19日(日)最低最悪の米兵犯罪が続発
 3月2日(木) 犯罪被害者支援を進めるように市長に提案
 3月29日(水)基地周辺地区安全対策協議会の第1回目でした
 4月1日(土)米兵による住居侵入事件が起こりました
 4月3日(月)米軍に対する市長の抗議
 4月24日(月)リース被告の裁判(2回目)を傍聴

 ...まだまだ、たくさんあります。

 これらを数時間かけて全て読み返しました。

 そうすると、こみあげてくる絶対に許せない怒りがあるのと同時に
 ある1つの想いが消しても消しても何度も浮かんでくるのでした。

 それは、

 人を殺す為に徹底的にトレーニングされている軍隊の兵士を
 犯罪を犯させないようにする教育というのは
 本当に可能なのだろうか


 という想いです。

 暴力を無くす為の教育として
 DVの加害者を更正するプログラムや
 児童虐待の加害者を再びこどもと暮らせるようにするプログラムなど
 成功している教育プログラムがいくつもいくつもあります。

 しかし、DVや児童虐待は
 そもそもは『ふつうの人々』が何らかの社会的な環境の中で
 暴力をふるってしまうというものです。

 それに対して、アメリカ兵による犯罪は
 性質が全く異なっています。

 普通ならば、人間は他人を殺せるものではありません。

 しかし、アメリカ軍に限らず、軍隊というものは

 「本来ならば他人を殺すことができない人間を
  躊躇なく他人を殺せるように徹底的にトレーニングする」

 わけです。

 『人を殺すようにトレーニングされた兵士たち』が
 ふつうの暮らしに入っていった時に、
 ふつうに暮らしていくことはできるのでしょうか。

 実際には、99%以上のアメリカ兵は
 ふつうの暮らしの中では他人を殺したりすることはありません。

 また、わが国を守る為に活動してくれている自衛隊も
 市民を殺したという話は全く聞くことはありません。

 ほとんどの兵士は、日常生活を送ることがふつうにできている。

 でも、残虐な犯罪を起こしてしまう兵士がいる。

 この2種類の兵士を分けているラインは
 いったいどこにあるのでしょうか?

 フジノはそもそも心理学を専攻してきたこともあり、
 どうしてもこういう側面について
 深く考えすぎてしまうのかもしれません。

 それでも、こういう側面を避けることはできません。

 本当に効果がある(実効性がある)プログラムはどんなものなのかを
 徹底的に研究した上で導入しなければ意味がありません。

 すでに沖縄でのワーキングチームによる
 アメリカ海兵隊に対する教育プログラムの改善などの事例がありますが
 もっともっとしっかりと研究していかねばならない、と
 改めて感じました。


● 高校生たちと対話しました/希望ある横須賀を実現する責任

 今日のYデッキはやはり三が日ということで
 たくさんの人出がありました。

 いろいろな方々から新年のあいさつをされたのですが
 中でも最もうれしかったのが、4人の高校生たちでした。

 彼女たちは1時間以上もフジノの演説を聴いてくれて
 その後、30分以上にわたって意見交換をしました。

 彼女たちは部活動の仲間で
 とても明るいフツーの女のコたちです。

 でも、このまちの抱える様々な問題をしっかりと理解していて
 本当に彼女たちはとても賢いコたちだなあ、と強く感じました。

 シリアスな問題についてフジノが話をふると
 彼女たちからはしっかりとした反応が返ってくる。

 けれども、ふとした瞬間に笑いが起こると
 もうそれはやっぱり10代の女のコたちの素敵な笑顔な訳です。

 僕はとても彼女たちに『希望』を感じました。

 この国には全てのモノがある。
 しかし、希望だけが無い。

 かつて村上龍さんは
 小説『希望の国のエクソダス』の中で
 そんな言葉を書きました。

 この言葉があまりにもリアルな現実を
 表していたので、
 この小説が発表されてからは
 あらゆる所で「この国には希望が無い」
 と言われるようになりました。

 けれども僕は、この国にも『希望』は存在している、と反論します。

 いつだって希望は存在している。
 それは新しい世代の笑顔です。

 僕は、彼女たちの笑顔に『希望』を感じます。

 この国は確かにいろいろなことが疲弊しきって腐っている。

 けれども、必ずこんな時代は変わっていく。
 変わらないならば僕たちが変えるのだ。

 そう信じられるのは、理屈じゃない。

 まちかどで彼女たちの笑顔を見れば
 新しい世代にはいつだって希望が満ちていることを
 誰もが思い出すはずなのだ。

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 こんな想いからも、彼女たち新しい世代の為に
 このまちを希望ある横須賀に変えていかなければならない、
 と改めて強く責任を感じました。

 80年の平均寿命の日本人として
 フジノはあと40年くらい生きるはずですが、
 彼女たちはまだ10代ですからこの先70年以上生きていく訳です。

 次の世代の為にも、次の次の世代の為にも、
 少しでもこのまちの財政を立て直して
 福祉をもっとまともにして
 平和で幸せに暮らせるまちに
 絶対に変えていかなければならない。

 それが先に生まれた世代の責任だと思うのです。

 必ずこのまちを守る。そして次の世代につなぐ。
 こどもたちの為にも孫たちの為にも。

 いつもいつもその想いをこころにとめていますが
 今日その責任と決意を改めて深く感じました。



2007年1月2日(火)のフジノ
● たくさんの方々にお会いしました

 今日は、親しい方のお宅を訪れてまわりました。

 お正月休みの良いところは
 里帰りする友達が多いことですね。

 横須賀近辺に住んでいる親戚をはじめ、
 日頃はお互いに忙しくて会えない友達や友達夫婦のお宅に
 久しぶりにお邪魔しました。

 フジノが政治家になる前から親しい方々だけを訪れたのですが
 政治・行政の話題になることが多かったです。

 特に昨年は、介護保険法の改正・障害者自立支援法の制定など
 福祉・社会保障の分野がすさまじく激しい変化がありました。

 だから、福祉カンケーの話題が多く、
 とても重要なことをたくさん聞かせていただきました。

 例えば、あるホームヘルパーをしている方からは

 「せっかく自分で動くことができた高齢者の方が
  ショートスティを利用して、
  帰ってくると関節が固まってしまっている。
  リハビリをちゃんとやってくれていないのは明らかだ」

 というお話をうかがいました。

 それが本当ならば、何の為のショートスティなのか、
 つまり何の為の介護保険制度なのか、という大きな問題です。

 また、別の方(友達のお父さん・まだ60代前半)からは

 「いつまでも若い気持ちでいたけれど
  最近は痛風になってしまって、足がものすごく痛いんだ」

 という話を聞きました。

 ふだんは加齢と疾患のカンケーをデータで見ることは多いのですが
 生の声としてお話をうかがうとデータがリアルな実態として
 感じられるようになります。

 年を重ねるにつれて、
 フジノの父のように脳血管性の病気にかかる人もすごく多いですし
 いろいろな病気になっていくものだなあ、と改めて実感しました。

 また、闘病中の友達のお見舞いにも行きました。

 世の中が新年を祝うほんわかとした雰囲気に包まれていても
 今この瞬間も苦しんでいる人がたくさんいることを
 絶対に忘れない、絶対にいつもこころにとめておく、と
 改めて思いました。

 こうしてうかがったお話はこころの中に1つずつしっかりとメモして
 しっかりと政治の仕事に反映させていかなければならない
 と改めて強く思いました。

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 唯一残念だったのが、夜になって時間が足りなくなってしまい、
 親友夫婦に産まれたばかりの赤ちゃんに
 会いに行かれなかったこと。

 次はいつチャンスがめぐってくるかなぁ。


● 今年の運勢は...

 ちょびっとだけ自分の為の時間が取れたので
 ここ数年は毎年必ず初詣にいく諏訪神社へ向かいました。


 ここで過ごす
 雰囲気が
 大好きです。

 そういえば!

 ふだんは
 こんなに荘厳な
 諏訪神社ですが
 昨年はここで
 プロレス大会
 開かれたんです!

 さて、恒例のおみくじ。
 フジノの今年の運勢はというと...。

 じゃーん。

 でした(苦笑)。

 あせればあせるほど
 苦しみ多し

 騒げば騒ぐほど
 損多し

 だって。

 去年も公私ともに
 かなり苦しい1年だったけど
 今年もまたつらいのか...。

 なんて書きつつも、『凶』という結果って、
 実はフジノには全然マイナスな気がしません。

 昨年、本当に公私ともにつらい出来事が多くて多くて
 まわりの友達からは

 「おまえの人生って、めちゃくちゃだね」

 と、かなり同情をされた1年でした。

 でも、その悲惨な出来事の多くが
 すごく仕事に直結しているんですね。

 苦しい出来事があればあるほど、
 同じ痛みを体験している人の気持ちが強く共感できるようになったり、
 どうやってその状況から抜け出せばいいのか
 どんな制度やしくみがあるのか
 そんな情報をリアルに共有できるのです。

 だから、まあ、『凶』ということで
 たくさんの苦難が今年もやってくるのでしょうけれど、
 全部おれは受け止めてみせる!

 それを全て仕事の肥やしにして
 いつもどおり、がんばります(笑)。

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 三が日も明日で終わりですが
 みなさんはゆっくりお休みできましたか?

 どうか、せめてお正月は少しでもたくさんの休息を
 1人でも多くの方々にとってもらえたら、と願ってやみません。

 改めてどうか今年がみなさんにとって
 素晴らしい1年になりますように。



2007年1月1日(月)のフジノ(その2)
● 最後の4ヶ月を迎えた元日に強く感じること

 『政治家という仕事』の持つ性質なのか、
 『僕自身の生き方』の持つ性質なのか。

 どちらかなのかは分からない。

 でも、とにかくこの4年間を政治家として全力で走ってきて
 ハッキリと強く実感していることが1つある。

 政治家フジノが行なってきたこと、
 これからも行なっていくべきこと、それは

 「できる限り多くの人々のたくさんの悲しみや痛みを吸い込んで、
  できる限り多くの人々にたくさんの希望を示すこと」


 これしかない。

 経営感覚を持っていること、財務・会計の知識を持っていること、
 常に最新の専門知識をとりいれる貪欲な勤勉さを持っていること、
 こんなことは当たり前でしかない。

 マーケティングの知識も、IR・PR・広報宣伝の技術も、
 法律の知識も、まちなかで語られている噂話を知っていることも、
 そんなこと全ては持っていて当たり前の
 大前提でしかない。

 そう強く感じる。

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 これを書いているのは
 0時45分(正確には1月2日にあたる)なのだけれど
 今のところ「死にたい」という相談を
 メールでも電話でも1件も受けていない。

 とても珍しい、穏やかな日だった。

 でも、それはたまたま僕のところに
 電話・メールが今日は来ていないだけだということを
 僕は強く理解している。

 大晦日の昨日だって、
 ギリギリまでずうっと相談を受けていた。

 痛みや悲しみを誰か(他人)に話す/話していない、
 それが政治家フジノに対してなのか/別の相談機関に対してなのか、
 表面の波の動きが違うだけの話だ。

 いつだって深い悲しみや痛みは存在している。
 それは大晦日でも元旦でも変わらない。

 その事実だけは絶対に忘れない。


● 元旦のこのまちの景色を見ながら、感じたこと

 今日は体調が悪かったけれど
 元旦を迎えたこのまちの様子がどうしても見たくて
 意地で外出してみた。

 横須賀中央に出て、モアーズ、諏訪神社、三笠通りを歩いて
 ドブ板を通り抜けて、ダイエーの中に行ってみた。

 人出がそれなりにあって
 たくさんの家族やカップルや友達づれがいた。

 ほとんどのガソリンスタンドが休暇をとっているのに
 僕がいつも給油している所は
 がんばって営業していた。

 新年のあいさつをかわしてから、
 元旦からあえて働いていることに感謝の気持ちを伝えた。

 他にも、いつもごはんを食べにいくお店だとか
 おいしい紅茶のお店にも行ってみた。

 営業しているお店がけっこう多くて
 働いている人々みんなにとても感謝した。

 あるお店で、

 「フジノさんは今日も仕事ですか?」

 と尋ねられて

 「このまちにいる限り、いつも仕事中ですよ」

 と答えたら

 「お互いに年中無休ですね」

 と言われた。

 ほんとはこのまちを離れててもいつも仕事のことを考えている。
 けさだって見た夢は「政治家として決断を迫られる」という夢だった。

 いつも、いつも、どうしたらもっと人々の笑顔が増えて
 どうしたらもっと人々の痛みや悲しみが減るだろうかを
 具体的な政策としていつもいつも考えている。

 風呂に入っててもトイレに入っていても
 今日着る服を選ぶ時にも
 家族の入院をお見舞いしていても考えている。

 それは僕が政治家だから?
 それは僕が精神保健福祉士だから?
 それは僕が臨床心理学を専攻するような生き方だから?

 分からないけど、いつも仕事をしている。

 僕はこの4年間ですさまじく白髪が増えたけど
 それが仕事の責任のせいなのかは分からない。

 分からないけど、いつも誰かのことを考えている。
 政治と行政がもっとどうしたら良いのかをいつも考えている。

 10年前にした約束を相手が忘れたとしても
 僕は忘れない。

 その相手がもしも僕より先にいなくなっても
 僕は絶対に忘れない。

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 新年を迎えて、改めてそんなことを感じた。

 最後まで全力で走りきる。
 がんばろう。



2007年1月1日(月)のフジノ(その1)
● 暦という節目があえて存在すること

 2007年になりました。

 政治家という立場なので
 いつもどおり、新年のあいさつは行いません。

 さて、昨日の大晦日、フジノはこれまでの疲れが出てしまって
 年越しそばを食べた21時すぎくらいから
 急に高熱でダウンしてしまいました。

 そのまま寝込んでしまって
 市のカウントダウンイベントを観てあげたかったのにそれも叶わず
 (毎年、経済部観光課が本当にがんばってくれているのです)
 年末っぽいテレビ番組も観ることもなく
 ただひたすら熱と腹痛に耐えて寝ていました。

 32年の人生で物心がついてから
 年をまたぐ瞬間を起きていなかったのは初めてで、
 すごく残念でした。

 それでも0時になった頃、
 近所の方々が新年を祝う声に目が覚めました。

 数名の身内にだけ
 新年のあいさつをして再び6時すぎまで眠りました。

 そんなフジノの困った状況を知った年下の友達
 (彼が中学の頃から知っているのですが今ではもう大学生です)が
 城ヶ島での初日の出の写メを送ってくれました。感謝。



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 フジノは今年で社会人として10年目になります。
 (あれ、9年目かな、どちらでもいいや)

 いや、10年以上前だな。

 すでに大学時代にアルバイトをしていた頃から
 基本的には土日休みがカンケーない仕事をずうっとしてきたので
 あんまり『暦にはとらわれない生活』を続けています。

 政治家も年中無休だし。
 だから個人的な意味では、
 GWも正月も気にしたことがありません。

 それでも、この世界にカレンダー(暦)が存在していることを
 本当に素晴らしい発明だと強く信じています。

 人は、昨日も今日もくりかえして
 ただ生きていくだけです。

 生まれて、やがて死んでいく。

 今日は昨日のくりかえし、
 明日は今日のくりかえし。

 ただそれだけのくりかえしを受け容れることは
 『シーシュポスの神話』のように不条理で
 なかなかできにくいものです。

 だから、年が変わる、という節目があることが
 人にとって大きな意味があると思うのです。

 年が変わっても本当は何も変わりません。

 けれども、確かに年が変わったのです。

 新しい年が始まったのです。
 この機会に「新しく生まれ変わる」ことができると思います。

 多くの人が物事が新しくなるということに
 大きな希望を感じているはずです。

 そんな風に人々に希望を感じさせられる、という意味で
 カレンダー(暦)の存在=暦による節目というのは
 本当に素晴らしい発明だと思います。

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 今は早朝なのですが
 バスが通る音が聞こえるくらい静かです。

 今年があなたにとって
 本当に良い年になりますように。

 この祈りが実現するように
 フジノは政治家としてできる全てのことを全力でやります。

 でも、まずはこの熱(風邪?)をどうにかしなければ。

 それから、年賀状は頂いても
 お返事は出しません。4年前のこのコーナーに書いた方針
 最後の最後まで貫きたいと思います。
 出してくれた方、ごめんなさい。

 毎年お正月には「死にたい」系の相談を
 わりとふだんより多く受けている気がします。

 だからこそ、早く体調を完全に治して
 少しでもそんな声に耳を傾けられるようにしたい。

 最後まで、全力でがんばろう。


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